
還暦まであと、あと少し
気がつけば、60歳までちょうどあと少し。若い頃は「リタイア」の響きが遥か遠い先のこと、と感じていたが、ここ数年はいよいよその年頃に自分が近づいていることを感じはじめていた。
「これまで何か積み上げてきたものってあったんかな…」
過ぎてしまった時間についてあれやこれやと自問しても、モヤモヤするばかりで具体的な答えが浮かんでこない自分がいた。
午後の静かなひととき
そんなある朝、すでに仕事を退職していた僕は、仕事や学校に出てしまった後、あわただしさにため息をつきながらキッチンへ。そして、いつものようにコーヒー豆を計量してミルで挽き始めた。
ガリガリと音を立てながらハンドミルをゆっくりと力を込めつつ回す。ケトルから蒸気が立ちのぼり、ぽこぽことお湯の沸く音が響く。ブラインドのすき間から差し込む柔らかい光と、遠くから聞こえてくる小鳥のさえずり。
いつの間にか意識は集中し、無心になってハンドドリップを楽しんでいた。蒸らしの間の数十秒が、こんなにも心を落ち着かせてくれるとは思わなかった。
その時、ある思いのようなものがふと心によぎったーー
「こんな何氣ない、日常のひとときが心をゆるませてくれるなんてな…この平和な空氣、ありがたい。毎日こんな空氣を僕だけじゃなくみんなが吸えるようになったらええのにな~」

それが今から思うと、「くつろぎ」との出会いだったと思う。少々大げさに言えば。
何もしない、というわけじゃない。コーヒーを淹れている。ちゃんと手を動かして。でもその時間は「誰かのために」というものではない。締め切りも、返信も、次の予定も、ない。ただ、豆を挽くミルのハンドルからくるすりつぶされていく豆の感覚が手からすっと抜ける時が来るまで回す。ガリガリと。
それだけのことが、なぜかずいぶん遠くにあった気がする。
還暦まであと少し、という事実は変わらない。「何か積み上げてきたか」すっきり答えられない曖昧な問いかけをしてしまう自分も変わらない。でも、あのコーヒーを淹れた朝から、その答えを出そうなんて必要などない、と思えた。挽き終わったハンドミルのハンドルが豆がなくなっていきなり軽くなったように。
なにも急がなくていい。豆がなくなればハンドミルは抵抗なく、クルクルと回転する。終わらない問いかけは、自分で詰め込んでいただけだった。
そんなふうに思えた朝のことを、まだ覚えている。
今日も豆を挽いて、ゆっくり飲めたらそれで、十分。
(次回へ続く)



